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横浜地方裁判所小田原支部 昭和30年(タ)5号 判決

主文

原告(反訴被告)平本佐一・平本コマと被告(反訴原告)平本昇・平本輝とを離縁する。

反訴被告(原告)平本佐一・平本コマは連帯して反訴原告(被告)平本輝に対し金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年四月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

反訴原告(被告)等その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告(反訴被告)等及び被告(反訴原告)等の各負担とする。

この判決は反訴原告(被告)平本輝において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは第二項に限り仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

一、離縁の請求について、

真正に成立したものと認める甲第一ないし第四号証、証人岡本武夫(第一・二回)、菊地原七五三蔵、平本今蔵、大矢良(第一・二回)、柏木勇太郎、甲賀金蔵、中丸竜助、平本寅(第一・二回)の各証言、原告(反訴被告)平本佐一(第一・二回)、平本コマ、被告(反訴原告)平本輝、平本昇、の各本人尋問の結果(但し何れも後記認定に副わない部分を除く)を綜合すれば、

丁は、教員で昭和一八年頃からは副業として畑二反位を耕作していた大矢良の長女に生まれ、旧制厚木高等女学校卒業後一時教職に就いていたものであるが、その縁続きに当り小学校卒業後畑約一反六畝、山林約三〇町を自作していた甲乙に実子がなかつたため、昭和一八年頃甲乙の父佐吉から実父の大矢良に対し、「丁を甲乙の養子にもらいたい」との申入があつたが、丁に農業の経験がないことからこれを拒絶していたが、佐吉が「丁には農業はさせぬ、夫には俸給取りをもらつてやる」といつたので、昭和一九年四月丁を甲乙の養子にすることに話がきまり、以来丁は、養家と実家を往復していたが、昭和二〇年五月三日には正式に養子縁組の届出を済ませ、その後は養家に止まり家業の農業を手伝つて養親との間も円満であつた。そのうち丁に対する縁談も出るようになつたが、良も丁も丁の夫に勤め人を希望していたし、時節柄適当な候補者も少なかつた折柄、昭和二〇年一〇月中旬頃良の兄松野三男より良に対し、「復員して戸塚の日立製作所に勤めている丙を近くの銀行に勤めるようにしてやるから、丁の夫にしてはどうか」という話があり、丁の方には異存はなかつた。他方三男から丁との縁談を持ちかけられた丙は、甲のところが純農で余りにも田舎過ぎる上、自己の実家も農家であるとはいえ旧制の商業学校を卒業して勤め人となつて居り、もともと農業を希望していなかつたので、始めのうちはこれを断つた程であるが、三男が「丙を横浜興信銀行半原支店へ勤めさせる」といつたことから縁談がまとまり、昭和二一年三月九日挙式の上丙は、甲乙及び丙と同居し、同月一五日より右銀行へ通勤し、次いで同年五月九日甲乙及び丁と婿養子縁組の届出をした。この縁組に当り甲乙は、丙には追い追い農業を見習わせ、将来はこれに専心させたい考えであつたし、他方丙は、勤めの傍ら時に農業は手伝つても将来これに専従する考えはなかつたが、共に仲介人たる三男等任せでその言を信じ、十分相手方の真意を確めないでそれぞれ自己の考え通りに相手方も了解しているものと軽信していたところ、折から食糧難の時代で供出その他農家は相当多忙であつて、丙丁の多少の手伝位では、平素あまり健康でなかつた甲乙としては手が廻りかねたため、同年九月頃より甲は、再三丙に対し「勤めをやめて農業を手伝つてくれ」といつたが、丙は、これに応じないのみか、始め食費として俸給の半分を養家へ入れる約束になつていたにかかわらず、同年九月分からはこれも入れなくなつたことから、甲は、同年一一月二〇日頃「百姓をやらぬ者にはたべさせぬ」といつて丙丁に食事をさせぬこともあつた。その間甲乙が、丙丁に対し寝室の境の戸を開けてねるようにいつたとか、丙丁に対し食糧を持ち出しているのではないかとの嫌疑をかけたとか、甲乙と丙丁との間の感情の対立を深めるような出来事が発生したが、これにつき甲乙は、戸を開けるようにいつたのは夏分暑いからそういつただけのことだし、丙丁に対し右の嫌疑を掛けたのはそれ相当の根拠があつてのことだと信じ、又丙丁はこれを乙が丙丁の間を嫉妬しての無理難題と考えていて、共に相手方に対する同情理解を欠き、その他日常茶飯事に属するような常日頃のいざこざを繰り返えして両者間の不和は次第にその度を増し、昭和二一年七月一五日頃丁は、甲にいわれて実家に戻つた。丁は、同月二七日頃間に人が入つて養家へ帰つたが、その後も依然として甲乙と丙丁との間にいざこざが絶えず、遂に昭和二一年二月九日関係者の勧めにより丙丁は、甲乙とも合意の上現住所に移つて別居生活を始め、丙は、そこから銀行へ通つていた。そして別居後丙丁が甲乙を訪ねたことはあつたが、両者間の不和を根本的に解決しようとする努力は共に払わなかつた。然るに甲は、昭和二二年二月一五日頃から約一箇月半肋膜炎後遺症のため療養し、乙の健康状態も余り勝れず両名のみで家業を続けることが次第に困難になつたが、丙丁に代つてもらうことは到底望めないところから、甲乙は、昭和二三年二月一四日今蔵を養子に迎えて家業を継がせ、同年五月八日両人との養子縁組の届出をし、その後ヨシ子を妻に配し且つこれとも養子縁組をしてそれぞれその届出を了したが、今蔵夫婦は家業に努め、甲乙との間も極めて円満である。而して現在では甲乙、丙丁共に離縁を望んでいる、

ことを認めることができる。(前掲諸証人の証言及び各本人尋問の結果中右認定に反し、本訴原告等及び反訴原告等が各その離縁原因として主張する事実に符合する部分は信用しない。)而して右認定の事実によれば、甲乙と丙丁との間の不和は、既に融和し難い状態にあつて以後縁組を継続することは至難というべく、右は、民法第八一四条第一項第三号所定の離縁原因に該当する。

なお、本訴原告等及び反訴原告等は、各その離縁原因として、るる相手方の非行を主張するが、何れも右認定にていしよくするか、措信し得る証拠がないか、未だ離縁原因とするに足りない事実であるから採用できない。

然らば原告(反訴被告)等と被告(反訴原告)等との離縁を求める、原告(反訴被告)等及び被告(反訴原告)等の請求は、何れも正当としてこれを認容すべきものである。

二、慰藉料の請求について、

(一)  反訴原告平本昇の請求の当否、

前段認定の事実によれば、甲乙と丙との不和は、共に仲介人任せにして相手方の真意を確認せず、自己に好都合な推断を下した軽挙に基因し、しかもその後養親子関係を継続し難い状況に至るまでの経緯については、何れにもその非があつて、これを時代に即し且つ両者の経歴、職業及び年齢差等を考慮しながら比較検討するも、特にその間に軽重を認めることは至難である。

而して民法第八一四条第一項第三号所定の離縁原因に基く離縁による精神上の苦痛につき、その賠償を要求し得るがためには、その非(違法及び責任)が専ら相手方に存するか、又はより多くの非が相手方に存する場合に限られ、自己により多くの非が存するか、又は本件の如くその非につき双方に軽重を認め難い場合には、相手方に対してその賠償を要求し得ないものと解するのが相当であるから、本件離縁につき、その非が専ら甲乙にあることを理由とする丙の慰藉料請求は、その余の判断をまつまでもなく失当としてこれを棄却すべきものである。

(二)  反訴原告平本輝の請求の当否、

前記認定の如く丁は、甲乙が丙を養子とするまでは甲乙と円満に暮していたものであるが、その縁組に関する甲乙の軽挙に基因する甲乙と丙との間の紛争に自ら捲き込まれて、遂に甲乙との養親子関係を継続し難い状況にまで立ち至つたものであり、その経緯を通観するに、その非(違法、責任)はより多く甲乙に存するものと認むべく、甲乙は、本件離縁による丁の精神上の苦痛につき、連帯してその慰藉料を支払うべき義務がある。

然るに反訴被告等は、右慰藉料請求権は丁が慰藉料の原因たる不法行為の損害発生を知つてから、三年以上放置していたものであり、時効により消滅した旨主張するが、丁の右慰藉料請求は、本件離縁による精神上の苦痛に対するものであつて、過去の個々の事実は、これらが集積して一個の慰藉料発生原因を形成しているものであり、この限りにおいては、個々の事実につき別個の消滅時効の完成をみないものと解すべきである。そして丁が、本件慰藉料の発生原因を知つたときは、早くとも甲乙が丙丁を相手方として横浜家庭裁判所小田原支部に離縁の調停を申し立てた昭和二九年八月四日(これは原告(反訴被告)等の自陳するところである)と認めるのが相当でありその後三年を経過しない昭和三〇年四月四日当庁に対して丁が本件慰藉料請求の反訴を提起したことは、当裁判所に顕著であるから、甲乙の右短期消滅時効の抗弁は採用できない。

而して甲乙より丁に対して支払うべき慰藉料の額は、前記「離縁の請求について」の頃において認定した諸事情(尤も甲がその家産と目すべき所有不動産の大半を養子今蔵夫婦名義に移したことは、原告(反訴被告)平本佐一本人尋問の結果(第一・二回)により明らかであるが、これも甲の財産上の信用として斟酌する」を勘案し、金一五〇、〇〇〇円を以て相当と認める。

然らば反訴原告平本輝の本件慰藉料請求は、反訴被告等に対し連帯して金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する本件反訴状送達の翌日たること当裁判所に顕著な昭和三〇年四月六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべきも、その余は失当として棄却すべきものである。

三、よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山悟)

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